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どこまで自分を信じられるかのゲーム

例えば、天使とか龍とか神さまとか仏様のように、見えない世界の存在を擬人化したり具象化までして、それらが存在するものとして信じて疑わない人って、世の中に沢山いるじゃなですか。

ならば、そんな見えない世界の存在さえ信じることができるのだから、それと同じぐらいに自分のことを信じられたって良さそうなものじゃない?

だけど、多くの人が自分のことってなかなか信じられないよね。だから過去を悔やみ未来に不安をおぼえる。

もちろん、見えない世界の存在を信じてる人たちを揶揄してるわけではないし否定もしてない。

ただ、それほどまでに揺るぎなく自分を信じるってことは難しいことなのだろうなと思ってね。

だからついつい外に答えを求めてしまうし、誰かに決めてもらいたくて自分のコントローラーを委ねてしまう。

ぼくも自分の選択と決断に常に自信があるわけではなく、どちらかといえばあれこれ迷うほうだから、“もう一人の自分”に監査役として頑張ってもらう。要するに客観視するということだけどもね。

人生はどこまで自分を信じられるかのゲームなんだろうね。
ぼくは自分を客観視しながら頻繁に軌道修正しつつ前に進んでいってるのだが、我ながらよくやってるほうじゃないかなあ(笑)
見えない世界の存在を擬人化、具象化させることがスピリチュアルだと思い込んでやっきになってる人がこの業界には多いように思うけど、自分を信じるってことがスピリチュアルなんだと思うけどね。だってスピリットっていうぐらいなんだから。
とはいえファンタジー要素も、見えない世界へのとっつきやすさと広げやすさという意味ではとても大事だとは思う。

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