Loading

神のお告げとひとり言は紙一重

先に断っておきますが、ちょっといかれた話しなのでご了承を。(なにを今さら)
頭ん中で声が聞こえるようになったときの話ね。
あれですかね、「神との対話」みたいなやつですかね?
日本だと雲黒斎さんの「雲さん」とか、あと小池浩さんの「宇宙さん」とかと少し似てるかもしれない。
で、実は野引さんもよく「何か」と対話してんのね。

でもあんま言いたくないらしく(そらそーだ)、というかさほど興味がないみたいなので本人はそんなことブログにも滅多に書かないけどね、あの人かなり見えたり聞こえたりと一人で賑わってますよ(笑)

他にも誰それが聞こえるようになったとか見えるようになったとか見聞きするし
ああついに俺んとこまできたかって感じですよ。
でもね、実はぼく、数年前からたまーに聞こえてたんです。それはかなりリアルで、ぼくの耳元で息づかいまで聴こえるぐらいに、はっきりと声がするんです。
3年前に聞こえた「その声」が今のぼくのライフテーマにもなってるしね。
でも数日前から聞こえるようになったのは、それとはちょっと違うタイプ。頭の中に問いかけてくるように聞こえてくる。
どうも野引さんの聞こえ方と同じ類っぽいんですよね。
きっかけは、野引さんと散歩行ったときに、公園のベンチで瞑想したんです。
そんときに聞こえるようになったんです。
なんかここ最近、スピリチュアルにすっごい疲れを感じてたんですね。
はーなんかこの業界で何かを発信すんのって俺には合わんかもしらんなあとかなんとか。。。なんかもうどーでもいいやってなってたかもな。
あくまで想像だけど、それがあって聞こえるようになったのかもしれん(笑)
どーでもいいやってなったときに、何か色々起きるのがぼくのパターンなもので。
でもスピに疲れているので、聞こえたからってさほど興味はない。
例えるなら
ある日いきなり鉄棒のさか上がりが出来るようになったのはまあいいとして、でも出来たからなんなんだ?ぐらいのリアクションです。

野引さんが聞こえても関心がない気持ちがよくわかった(笑)

ぼくから何か質問すれば瞬時に返ってくる。
どんな声が聞こえるとか、どんな対話をするとかは、いつかトークイベントやメルマガなどでは話そうと思うけど、確信しているのは、これは「ぼくの声」ってこと。
歴史の教科書に出て来るような、誰もが知ってる権威のある人物でもなければ、どっかの伝説の人物でもないし、ましてや神さまみたいなのでもない。
まあだから、ぼくの声だからこそ、ぼくにとっては信用できるともいえる(笑)
けっこうためになるっぽいことを語りかけてくるんだけどね、でもだからといって、これを世の為人の為ありきで発信しちゃったら、その途端にコントロールになってしまうというパラドックスに陥ってしまうみたいだよ。
だからそれがどんなに素晴らしいメッセージであっても、これは完全に自分専用に届けられたもの。
自分が自分のために発信する。てか、ことさら発信する必要もないけど。
ぼく以外の誰かのためにと考えて発進したら、その瞬間に別物になってしまうようだ。
というのも
「何様かにでもなったつもりで人に届けようとか思わんことやね。そんなだから変わらないんだよこの世界は」
という声が聞こえたわけですよ。
こんなこと言うの、絶対にぼくに違いないだろ
神のお告げとひとり言は紙一重。
いずれにしろ、ゲームの主人公のぼくというキャラクターの、コントローラーを握ってるぼく、またはそのゲームプログラマーのぼくである。
これが「この世界のカラクリ」のこと。

関連記事

  1. 好きなことが見つからない人へみもふたもないアドバイス
  2. 失うものはない法則
  3. 答えが出ないのが答え
  4. 「これにはいったい何の意味が」とかいうアレ
  5. どこまで自分を信じられるかのゲーム
  6. 真夜中のカレー
  7. アンチの見習うべきところ
  8. 自分が変わると出会いが激変する

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP