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大切にされる人の設定

以前、出張先で食事を済ませたときのこと。
ブッフェだったんだけど、ぼくが食器を返却口に運んでたのね。
その後で野引さんの食器トレーを取りに席に戻ろうとしたんですよ。
そしたらさ、席にいなくて店の入口でぽつねんと待ってんですよ。手ぶらで。

「あれ、トレーはどうしたの?」と聞くと、首をフルフルと横に振るんですよ。

「あっ、もしかしてまた大切にされたの!?」と聞くと、コクンとうなずく。

ここの店、セルフなんだけどね、トレ―を持って席を立とうとするとスタッフがすかさず取りに来たそうです。
まあどんなセルフの店であっても、スタッフの手が空いてると下げてくれたりなんて良くあることだけど、でもこの人いっつもそうなんだ。
どこに行っても何をやっても大切にされる。
別に自分から頼んだわけでもないし、何でも呑み込みが早くて要領もいい人だから本来は自分で出来ないことがそんなにない人。
なのに、自分で何かしようとする前に、いつも誰かが手を貸してくれるのです。
ましてや、ぞんざいに扱われるなどほとんどといってない。
なぜだろうと思ってね、聞いたみたわけ。

「あのさ、自分が大切にされる設定が揺るぎないよね」って。そしたらさ
「そもそも自分が大切にされないという発想がないから、大切にされるというのも考えたことがない」
のだそう。

つまり、当たり前すぎるぐらいに大切にされる前提を持っているので、「大切にされる・されない」という発想がないらしい。

そういえばつき合う前、野引さんはこんなこと言ってた。

「この世界に存在するもののすべてに愛が含まれているなら、わざわざ愛を声高に叫ぶ必要もない」のだとか。
実に彼女らしい(笑)。
まあ確かに、当たり前に存在するものをわざわざ口にすることはあまりないかもな。

だってさ、息をするのに「俺は今日も酸素を吸うぜ」とかいちいち言わないもんな(笑)。
僕ら男が「何たって俺は男だからな」といちいち言わないのは、男であることが当たり前だから。

逆に「わたし性格が男だからサバサバしてんの」と何かにつけて言ってくる女性は、男の性格とはほど遠いもんな。

むしろ「どこがサバサバしてんだよ」ってツッコミたいところを、男は黙って聞いているのだ。

おっと話しが逸れた。

でね、野引さんにとって、「愛」も「大切にされること」も当たり前に存在するものだから、口にすることもなければ考えることもないってことのようです。
空気のように当たり前に存在するものだと思えていると、それは叶ってる状態だよね。
つまり、「叶っている状態」というのは、それが叶ってるって意識すら消えるぐらいに当たり前になっているってことだよね。

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